利用者の方のお金を預かる。福祉の事業所の事務の中で、これほど神経を使う仕事はないと思います。買い物の立て替え、小遣いの受け渡し、月ごとの精算。金額の大小にかかわらず、現金が人の手を渡るたびに、記録と確認の仕事が発生します。
この領域に、道具の広告が入り始めています。
「まだ現金で対応していませんか」という広告
見かけたのは、介護や障害福祉の施設に向けて、利用者の方ごとのお金の扱いをキャッシュレスの仕組みへ置き換えることを勧める広告でした。受け渡しや精算の手間を減らす、紛失や盗難の心配を軽くする、使った履歴をいつでも確かめられるようにする。訴えている困りごとは、どれも現場に覚えのあるものだと思います。
道具の是非はここでは論じません。それより先に、この広告が言い当てている困りごとの正体を、自分たちの言葉で確かめておきたいのです。
現金そのものより、記録の穴が怖い
預り金の管理で本当に怖いのは、現金が消えることよりも、説明できなくなることです。確かに渡したはずなのに記録がない。記録はあるが、本人の確認がない。残高が合っているかどうか、すぐに答えられない。
金銭の管理は、家族への説明と行政への説明という二つの場面で必ず問われます。そのとき手元にあるべきなのは、誰が、いつ、いくらを、何のために動かし、その後の残りはいくらか、という一続きの記録です。道具を入れるかどうかの前に、この一続きが毎回そろう手順になっているかを見直すのが先だと私は考えます。
事業所での書類や事務の整理においては、書類の置き場所を決めて、探す時間を減らすことが基本であるように、日々の金銭記録も散らからずにまとまっている必要があります。また、定型的な事務負担を減らす毎月同じ書類を手で作り直していないか——定型の事務とAIの相性のような視点を持つことも大切ですが、その前提として確実な記録の習慣が欠かせません。
一続きの記録に書く項目と具体例
福祉の事業所で預り金の記録の穴を防ぐには、ソフトの選び方を考えるより前に、記録すべき項目をはっきりさせておくことが大切です。一続きの記録には、以下の要素をもれなく残します。
- 誰が:現金を動かした担当者名
- いつ:現金の受け渡しや買い出しを行った正確な日付
- いくら:動いた金額(出入金)
- 何のために:使途や目的(例:日用品の購入、理美容代など)
- 残り:取引後の現在の残高
このような項目を揃えておくことで、後から見返したときにも状況を正確に把握できるようになります。
記録する人と確認する人を分ける手順
記録の正確性を保つためには、単に項目を埋めるだけでなく、チェック体制を整えることが求められます。自治体の指導の資料では、預り金について、取扱いの決まり(規程)を作ること、預かった記録の帳簿を付けること、出し入れを複数の人が確かめられる体制にすること、通帳と印鑑を別々に保管すること、残高や出し入れを本人や家族に定期的に確かめてもらうことが、確認の点として挙げられています(細かい様式は、所在地の自治体の通知で確かめてください)。
実際の事務作業では、ひとりの担当者が現金の管理、出納帳への記帳、財布からの出し入れのすべてをひとりで完結させないことが肝心です。記録する人と、内容を確認する人を分ける手順をあらかじめ決めておきます。
月にいちどの突き合わせの手順
手順を確実に定着させるためには、定期的な点検の機会を設ける必要があります。月にいちど、記録と現物を突き合わせる日を決めて実行します。
- 出納帳や記録簿の残高を確認する
- 実際の現金や通帳の残高を数えて照合する
- ズレがある場合は原因をその場で究明し、記録を補正する
- 確認した日付と担当者のサインを記録に残す
この月次の突き合わせを欠かさずに行うことで、小さな誤差や記録漏れが大きな問題に発展するのを未然に防ぐことができます。
家族への説明の仕方
利用者本人やご家族に対する説明は、信頼関係を保つ上で非常に重要な場面となります。お金の管理状況について尋ねられた際、あるいは定期的な報告を行う際には、日頃から整理された一続きの記録をベースに説明を行います。
「いつ、何のために、いくら使って、現在残高はいくらになっているか」を、例として示したような分かりやすい形式でいつでも提示できるようにしておきます。包み隠さず説明できる状態を整えておくことが、家族からの安心と信頼につながります。
手順を先に、道具はあとに
紙でも表計算でも、そろえるべき線は同じです。お金が動く場面をすべて書き出す。場面ごとに、記録する人と確認する人を分ける。ひとりで完結する受け渡しを作らない。月にいちど、記録と現物を突き合わせる日を決める。
この手順が紙の上で回っていない事業所が道具だけを入れると、記録の穴が電子の穴に変わるだけです。逆に、手順が固まっている事業所なら、道具はその手順を軽くしてくれます。先に手順、それから道具。この順番を間違えないことが、遠回りに見えていちばんの近道です。
移すなら、一部から
キャッシュレスへの置き換えを考える場合も、いちどに全部を移すことは勧めません。まずは買い物の立て替えなど、頻度が高くて金額の小さい場面から試す。本人やご家族への説明の仕方、通帳や手元の記録との突き合わせ方を、小さな範囲で確かめてから広げる。
利用者の方のお金は、事業所のお金より慎重に扱うべきものです。試行の間は、元の記録も並行して残しておくと安心です。
説明できることが、信頼になる
私がこの話を書いたのは、金銭管理が事業所の信頼の急所だからです。支援の質は見えにくくても、お金の記録の確かさは、家族にも行政にもはっきり見えます。いつ聞かれても、その場で一続きの記録を出せる。その状態を作ることが、道具を選ぶことより先にある仕事だと思います。
今週できることをひとつ挙げるなら、直近のひと月分について、記録と現物の突き合わせを一度やってみることです。すんなり合えば、いまの手順は生きています。合わない、あるいは突き合わせ自体に手間取るようなら、そこが直すべき場所です。道具の広告を眺めるのは、私は、順番としてはそれからでよいと考えています。手順さえ整っていれば、キャッシュレスの仕組みは、その手順をさらに軽くしてくれる心強い味方になってくれるはずです。
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